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それ、何と戦ってます?








今回こそはキレイに浴衣を着たいと、時間の余裕をもち、ひとつひとつの工程を丁寧にきっちりと進めていき、過去一キレイに着れた♡となるものの、どこかの段階での紐をキツくしすぎたようで、早々に苦しくなってきて大好きなレストランのディナーのお気に入りのフォカッチャを諦めるハメになりましたメイク講師が11時をお知らせ致します。












みんなのフォカッチャ美味しそうでした。















さて、何かと何かを比較して生きています。そして何かを失えば、その代わりを探します。





比較したり置き変えたり、私たち大人の女性とは、「今まで」があるがゆえに、新しく出会うものを「今まで」の何に当たるのか?もしくはその代替え品となるのか?



と、無意識に比較検討するのだと感じます。









たしかに、ひとは、何も情報のなかったものには抵抗があるせいでなかなか理解し難いわけですので、〇〇のようなものです、みたいな例えなどがあると一気に腑に落ちたりしますので、今までの何かと比較することは、便利なことだと思います。













が、何かと置き換えなければ、と、何かの枠に何かを入れてしまうことは、ちょっとだけ無理がある場合もあるように感じます。





と、そんな風に自分の思考の幅を狭めていくことが老化だとしたら






年々、そもそも比べるようなことではないものを勝手に比べて、不毛な戦いが生まれることも。










えっと具体例いきましょうか。





例えば、



昔のボーイフレンドの年収が〇〇だったから、それ以上のひとじゃないと付き合いたくない。




他にも、



今の職場の福利厚生はこうだから、次に転職するならこれとこれは外せない。







また、



去年は〇〇に旅行に行ったから、今年はそれ以上じゃないと映えない。














とかでしょうか?













何かと何かを比較するときの(本当の)与件の整理をせずに、ふんわり比較してしまうと、












そもそもそんなことより





という新たな価値やHappyを見落としてしまったりするように感じます。




















それ、何と戦ってます?









と、自問自答することができれば、案外





そか、これが足りない、て気持ちになりかけてたけど、これがほしくて選んだんやった♡









と、幸福度、上がりませんでしょうか?

















なんの話やねん










とのお声が聞こえてきそうですが、すみませんただの独り言でした。










息苦しさを感じたら、何かと何かの比較をやめてみるのもいいのかな?というお話でした。















あなたは、不必要な戦いをしてしまっていませんか?
















さてさて、今日は久々な場所へお仕事に。




今から資料つくります。

間に合うかな。

それにしても楽しみです。

このお話はまたいつか。














それでは今日もステキな一日をお過ごしくださいませ◎















noriko