美意識は基準、信頼は設計。さてここからどう働きますか?
- norikokagawa

- 7月22日
- 読了時間: 3分

おはようございます。
今朝も夜明け前のシドニーよりお届けしております(4:30 AM)。
さて、明日の朝のフライトで帰国します。
ということは今日はシドニーほぼ最終日です。
ありがたいことにお仕事をたくさんいただいて、追いつくのに必死で全然シドニーを満喫できていないので今日はなんとか観光客っぽいことを組み込んでいきたいと計画中です。
ということで4時起きです。
なんかこれってひと昔前に流行ったワーケーションって感じでしょうか。
となると、ワーケーションをうまくやるのもセンスやスキルが必要だと思います。
ワーケーションだとするならば仕事ばっかりしてると勿体無い気もしますし、で遊んでばっかりも意味がないのでどういう目的でどうスケジューリングするのがいいのかを考えて答えは出ていません。
(というか私は出張なのでワーケーションではない。)
と、そんな働き方についてはいつもよく考えているわけですが、海外における”Japanese”コンテンツのあり方については色々考えさせられます。
サービスにしてもプロダクトにしても自分がやってみてよくわかったことではありますが、今日はそんな独り言を聞いてくださいませ。
日本のあれこれは実に素晴らしい。日本食のレストランはいつも賑わっていますし、日本の製品には信頼があり人々の期待値は高く、国によっては高揚感すら感じます。
日本人というだけで下駄を履かせていただいていることもよくあると感じます。
(もちろん『日本?行ったこともないけど?』という反応のこともよくありますが)
そんなありがたい環境であるのは間違いない一方で、ヒトやモノや技術を言うならば ”輸出”すると言うことは、相当なコスト(費用も時間も)がかかります。
そのコストが上積みされる分、棚に並ぶ時には価格が日本の2倍になりました、は当然のことです。
そして物価です。最近日本は円安だから〜とよく言われますが、私は為替の問題よりもそもそもの物価の違いの方が大きいと思うのですが、物価が異なる場所での提供は、これまたコストがかさむのです。
なので、海外だからと胡座をかくわけでなくても、日本と同じものを提供しようとすると勝手に2倍になり、価格を抑えようと思うと品質が落ちるのです。
そして、ここも大きいと思うのですが ”本当に”日本で売れている職人は海外には来ないと言う事実もあります。
(理由は色々あると思います)
そうなるとどういうことが起きるかと言いますと、
”割高感が否めない、中途半端な品質”が生まれてしまうのです。
これは誰かや何かを否定しているわけではなく、市場構造上当然のことと言えます。
なるほど。
と、そんなことを日本のコスメの陳列を見たり日系スーパーに行ったり日本食レストランに行ったりして考えております。
じゃぁ、私はどうするのか?
もちろん基本的には私も同じ構造になりますので、よく似たことは必ず起きてしまいます。
ですが、本当にそうでしょうか?
そこはきっと、企業努力とむしろアイデアで、いい形を作れるのではないかなと思っています。
当たり前のことしかしなければ、私も同じように割高でイマイチ、になってしまいます。
そこで基準になるのは、美意識と哲学だと思います。
これでOKとするのは簡単ですが、自分がそれで納得いくのかはまた別のお話です。
私はこれから海外でどう働いていきたいのか?
それはこの市場構造を理解した上ででもアイデアはあるはずだと考えることはやめずにいたいなと一人熱くなっているシドニーの朝でございました。(朝からどうかしている)
基準は美意識、信頼は設計。
美しく働き、誠実な設計をする。テーマができた気がしてちょっとスッキリしました。
あなたはいかがですか?働き方の美意識、また聞かせてください。
それでは、また。


