私がお料理をやめた理由。
- norikokagawa
- 4月22日
- 読了時間: 4分

AIとのやりとりにも忖度した返事をしてしまう気の弱さを持ち合わせておりますメイクアップアーティストが徳島の喫茶店より16時をお知らせいたします。
長年培った習慣はそう簡単には変えられないということでしょうか。
さて、そんなAIともなんやかんや仲良くしておりますこの頃ですが、先日のお料理教室で私が洗い物をしているところを見た後輩ちゃんがその違和感に、この様子を写真に収めたいと言っていました。
料理はしませんが、洗い物ぐらいはします。
と、かれこれ10年ほど包丁を握っていない訳ですが、こう見えて(どう見えて)主婦時代はお料理も頑張っておりました。
昔からお料理は関心が薄いので(食べる専門)、主婦時代、それはそれは苦戦しましたが、可愛げのある新妻norikoは、人の何倍もの時間をかけてせっせと愛する旦那様のためにお料理をしていたのでした。
が、その努力は虚しく、お料理上手な旦那様の方がいとも簡単に、そして美味しくお料理をしてくれるので、なんともいえない居心地の悪さがありました。(クレームではありません)
とはいえ、お仕事でお疲れの旦那様にお料理を押し付けるわけにもいかず(結局は結構してくれていたと思いますが)、その他の家事もさほど得意ではなく、気持ちはあるけれども結果の出せない日々だったと今思えばそうなります。
まだ若かった新妻norikoは、自分の個性や強みもよくわかっておらず、世の中のテンプレに沿って生きるべきだと思っていました。
“妻とは“ にハマらない自分に絶望しながらも“妻とは“になれるように気の毒なほどに効率の悪い努力をしておりました。
(でも結果が出ないので誰も努力しているとは認めてくれず)
そして、今この現象を言語化するとしたら
①無駄な努力
②他責思考
の、二つです。
ご説明いたします。
①はいうまでもなく、そのままです。
適性のないものを、なんのプランも立てずにただがむしゃらに頑張るという無駄な努力。
そしてポイントは②です。
“愛する旦那様のため“
は、結局のところ相手のせいにしているのと同じであると。
こんなに頑張っているのに褒めてくれない(旦那様は優しい人なので多分褒めてくれていました)
や、
『私はやりたくないけど』が枕詞に。
となると、そんな本音を抱えて、何かがうまくいくことはないのです。
『誰かのため』は、うまくいっているうちは美しい。
ですが、それがうまくいかなくなった瞬間に、他人のせいにしてしまうのです。
納得。
そして、私のこの姿勢はその後も続きます。
いろんなタイプのボーイフレンドがいましたが、その時々で彼らに尽くし、合わせ、忖度しうまくやっているつもりでも、
関係がうまくいかなくなってくると、それが全て“あなたのせい“ へと変化してしまうのです。
あと、ちょっとお話しは変わりますが、長年のお付き合いの方と結局うまくいかなかった際につい口にしてしまいそうになる
「この⚪︎年を返して」
ですが、これも好きで奉仕したくせに、無駄にさせられたという主張です。
ジャイアン的です。
尽くすのなら最後まで相手のせいにしない。
相手のせいにしてしまうぐらいなら尽くさない。
いつでも『自分がしたいから』するべきですね。
と、なんのお話か一瞬迷子になりかけましたがつまり
努力は素晴らしいのだけれども、自分のためだけにしましょう。
というお話でした。
誰かの役に立てる喜びは確かにあるのですが、相手のリアクションを期待しない。
なぜなら、好きでやっているから、です。
というわけで、やっぱり私はこれからも料理はきっとしません。
が、懲りずにまた
誰かに気に入られたくて頑張って、そしてうまくいかなくなって後悔するのでしょう。
でも、自分にその傾向がある、とわかったことでも大きな一歩です。
これからは少し、エラーが減ると信じたいと思います。
と、今日もメイクになんの役にも立たない記事となってしまいましたが、最近の私の気づきでした。
あなたはあなたのために、生きていますか?
それでは今日も1日お疲れ様でした。
noriko
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