承認欲求とどう向き合うのか。–第2話–
- norikokagawa

- 4 日前
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おはようございます。
今日は寝坊してフライトに間に合わなかった夢を見て飛び起きましたが無事それは夢でしたのでただいまベトナムに向かう空の旅の途中にお届けしております。
さて、そんなわけで今日からワーケーション5days in ホイアンです。
今年のテーマは
“Work & Yoga”
と決めてすぐに予約したホイアン旅。ところがその後サーフィンにハマってしまってホイアンにもサーフィンができるビーチがあることがわかり旅のテーマはガラリと変わり
“Surf & Yoga Trip”
(Workどこいった)
私の意思決定なんてそんなもんです。
そんな昨今の私の頭の中の議題の一つが ”承認欲求”なのですが(急カーブすみません)、以前にも少しこのお話を記事にさせていただいたような気がします。
というわけで今回は第2話。(1話の内容忘れました)
現代人の誰にでもあるであろうこの厄介な承認欲求。その取説についてよく考えさせられています。
そもそも欲求とは、持っていない(と感じる)から発生します。
フルコースのディナーの直後にはもう何も食べたくないのと同じで、満たさせれていればそれを欲することは当然ないのです。
つまりあらゆる欲求は、ないからある、だと思います。
独身は家庭の温かさを欲し、家庭のある人は独身の自由さを欲します。
仕事が忙しい人は時間を欲し、仕事がない人はアポイントを欲します。
ふっくらさんは細い手足を欲し、スレンダーさんはふっくらなお胸を欲します。
ある意味で自分の欲求を認識する瞬間は、自分のあるものないものを自覚できるメタ認知のいい機会ともいえるのかも知れません。
そんな文脈から言えば、承認欲求も、承認されていない(と感じる)から発生します。
では、いったい何が承認されていないのでしょうか。
承認されるという動詞は、主語が私以外にあります。
他者にハンドルを握らせてしまっています。
では、誰に?
誰にでしょう?
特定の誰かの場合もあれば、”世の中”の場合もありそうです。
そしてこの”世の中”が厄介です。
もし”特定の誰か”の承認が欲しい場合、これもそれなりに厄介ではありますが、傾向と対策が立てやすく、結果も明確です。
憧れの上司に認められたい。
大好きなボーイフレンドに認められたい。
ライバルのあの子に認められたい。
難易度は分かりませんが、やることはシンプルです。
相手がどんな人(や状況)に関して素晴らしいと思う価値観を持っているのかをリサーチしてそれを手に入れるべく奔走すればいいだけです。
(勘違いもあるので確認作業は大事)
ですが ”世の中” の承認を得たい場合はどうでしょう。
なんとなくのムードはあるものの、その価値観の種類は膨大にあります。
どれかを達成しても次の何かがまた現れます。
終わりなき旅なのです。
上を見ればキリがいないという上下の関係だけではなく、シンプルに”種類”がたくさんありそうです。
そうなると、明確なゴールはないのにただ闇雲にもがき苦しむのではないでしょうか。
(活字にするとなんともアホらしい)
では、どうせ厄介な欲求なのであれば、それをうまく使って自分のエネルギーにしてしまう。
こんなプランはいかがでしょうか?
承認欲求をなくしたいとかうまく付き合いたいとか言われがちですが、この時代に生きている限りそれは無理な気がしているのです。
特に日本は清潔で安全で食べるものには困りません。日本人は日本人を差別しません。
人間の欲求のほとんどが生まれながらにしてほぼ満たされているというガチャを私たちは引いています。
となると、承認欲求しか残っていないともいえます。
自己実現欲求というキラキラした欲求がありますが、まぁこれも見方によっては承認欲求と紙一重です。
世の中にインターネット(SNSだけではない)がある限り、この構図は変えようがありません。
いいじゃないですか、承認欲求。
それ自体は悪いものではなく、”求め方のスタイル”にこだわればいいのだと思います。
美しくエレガントにお品よくカッコよく面白く。”承認” を欲して奔走していってみてもいいなと思う夏休みなのでした。
結果、世の中のためになる行動ができるのであれば全く問題ないですね。
というわけで、承認欲求はツールです。うまく使って参りましょう。
(異議多そう)
それでは、また。


